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本当にささいなきっかけ。
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「わー、まるでニンジャみたいですね!」
着物を着たフロッグマンの青年を見て、真宵ははしゃいでいた。
ムロマチで目にする事の多かった着物に憧れていたのだ。
青年は所在なさげに時折腕を上げ下げしてみたりしている。
その後方には、黄色い着物を手にとって満足げなエルフの青年が一人。
「はぁい!」
いつの間にか慣れた呼び名に元気良く返事を返し、駆け寄る。
キハチジョウと呼ばれる着物…ちょうど真宵くらいの年齢の女性が着るのが一番似合うのだとか。
薀蓄をさらさらと語りつつ、手際よく帯が締められてゆく。
「はい、できたで!」
「ありがとうございますっ」
ご丁寧に蝶の形の髪飾りまでつけてくれた彼のまめさに感心しながら鏡を見る。
そこにはいつもと違う自分の姿が映っていた。
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と、満足げに微笑んだ少女の後ろから意味不明の言語が聞こえた。
「ニンニン!」
…………(人人?煮ん煮ん?認認?)
振り返った目の前では小首を傾げて謎の呪文を唱えたフロッグマンの青年。
と、それを見ながら何とも言えない表情を浮かべているエルフの青年。
例えるなら泣き笑いのようなそれは、おそらく笑いを堪えきれないだけ。
「ぷ、ふふふ」
ああ、ほら、やっぱり。
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エルフの青年によれば、ニンニンというのはニンジャが唱える呪文の一種らしい。
効果については主に「その場から消える」ことができるらしい。
ムロマチ文化恐るべし、と慄く二人にエルフの青年が一言。
「ニンジャはなんにんじゃー、なんてな!」
「…さ、さんにんじゃー?」
恐る恐る周りを見てから答えてしまったのが運の尽き。
その後こっそりラクガキしていたニンジャの絵を拾われてしまってゲームオーバー。
いつの間にか着物パーティはニンジャパーティになり、ニンニン!の掛け声が庭に響き続ける。
(誰も消えられなかったのは残念でした)
その指のはるか上で桜色がひらりと笑った。
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「なに、してるの?」
「ええと、」
一瞬言葉をさがして、
「何でもないです」
笑顔を作る。首を傾げる青年の横を通りすぎ、居間へと向かう。
机の上には鍵が置かれている。いわゆる「小窓」「小部屋」と呼ばれる場所への。
他人のものではなく、自分の部屋の鍵なのだけれど。
それを一瞥し、少女はため息をついた。
「恋って、いいものよ。きっと」
大人びた横顔。
その人によく似ていると言われた髪にそっと触れてみるけれど、髪だけでは駄目で。
寿命ばかりが長いエルフ族の中ではもちろん、人間族で数えてもまだほんのこども。
丸みを帯びたからだつきも、艶を含んだ声も、何もかもが羨ましい。
もっと、もっと、早く、大人になれたら。
考えてばかりで足が前に出ないのはあんたの悪い癖よ。
ふるさとを旅立つ前姉に言われたことが、妙に思い返される。
手に取ろうと思えばできるのに。
きっと誰も拒否しないだろうと分かっているのに。
鍵を下さい。
そのひとことが、出てこない。
自由に持って行って良いと言われても。
大人と呼ばれるようになった頃にはきちんと言えるのだろうか。
鍵を下さい。
そしてもっと大切な、
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カーシャの桜も、もう終わる。
冬のカーシャはとにかく寒い。
とはいえ、雪国生まれにとっては大した事はないようで…
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「うーん…いい天気ですね!洗濯日和です」
寒空の下、わさわさとリネン類を抱えて洗濯にいそしむ雪エルフの姿があった。
店で使っているクロスやカーテンは、すべて祖母の手によるもの。
幼い頃からマフラーを編んでもらったりしていた記憶がある。
弟とお揃いの手袋や、姉とお揃いの靴下…
お揃いじゃないやつがほしい、と困らせたこともあったっけ。
残念なことにその才能は、必要最低限(ボタン付け程度)しか受け継げなかったのだけれど。
ネバーランドに着いてまもなくふるさとから取り寄せた品を並べて始めた小さな店。
クリスマスの時期に並べたケーキや、最近仕入れ始めた紅茶の売れ行きは上々。
干す手を止めて考える。次の商品は何にしよう。
ふわふわのパンに紅茶、あと欲しいのは、それらによく合う甘さのジャム。
「それです!」
あわてて洗濯物を干し終え、真宵はギルドへと走った。
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「居心地のいいカフェみたい」
その言葉がとても嬉しかった。
お菓子を食べながら、お茶を飲みながら、時折本を読みながら…
自分の部屋みたいにのんびり過ごせる場所を作りたい。
ぼやっとしていた夢の輪郭が、少し鮮明になった気がした。
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「兄さん、いつまで“仕上げ”やってるんですかー!遅れますよー!」
「待てよ!あとはええと、黄色だけなんだから!」
「もう、あと5分だけですからね!」
少女は眉を寄せて階下へと戻る。
玄関にはすでに身支度を済ませ、待ちきれないといった面持ちの弟。
姉と母はとっくに広場に向かっている。
今日は待ちに待った「虹花祭」。
男性が想いを寄せる女性のために花冠を作り、贈る日。
虹、という名にちなんだものか、七色の花を使ったそれを贈ると想いが叶うという。
もっとも、少女はまだ一度ももらったことはないのだが。
「お待たせ」
「あれ、黄色はどうしたんですか?」
「それがさ、摘んでおいたキンポウゲがどこかにいっちゃって」
「ふうん…広場までの道に咲いてればいいですけど」
おにいちゃんおねえちゃんはやく!という弟の声に急かされ、三人は駆け出した。
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(え、ええと…)
ひょろりとした長身を丸めて落ち込んでいる彼に、どう言葉をかければいいのやら。
少女はとりあえず配られたキャンディーを手渡してぽんぽんと肩をたたいてみる。
「マリー…ぐすっ」
鼻水をすすりながらキャンディーの包み紙をむいているその姿は、わが兄ながら情けない。
お約束というか、何というか。
想いを告げようとした時にはすでにカップル成立済み、というケース。
兄の努力もむなしく、想い人の髪を彩るはずだった花冠は今少女の頭上にある。
「まさか兄さんからもらうことになるとは思いませんでした」
「よかったな、本の虫…ずびっ」
「む、虫っ…!?やつ当たりはやめてください!」
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「次の虹花祭では兄の想いがかないますように」という少女の願掛けはあっさり撤回される。